10月7日~9日、ラオス北部のシェンクワン県病院にて、形成外科手術を行うプロジェクト「スマイル作戦」を実施しました。これまでミャンマーやバングラデシュなどで行ってきましたが、新型コロナ感染症の世界的流行のために中断しており、調査を経てラオスで再開することになりました。この地域は、薪を使うかまどが地面に設置してあるためやけどの事故が多く、また、戦争時の名残のクラスター爆弾によって外傷を負う人が多いため、形成外科手術の必要性が高いのです。ここでの「スマイル作戦」の目的は二つ。ラオスの医師が日本の医師らとともに形成外科手術を行うことで技術や知識を習得し、将来自分たちだけで手術を行えるようにすること。もう一つは、ラオス北部に住む人々が質の高い医療を求めて約400キロ離れた首都のビエンチャンまでいかなくても、近いシェンクワン県病院で手術を受けられるようになることです。
今回は、日本から江口智明形成外科医、橋本裕美子麻酔科医、山脇枝里子看護師の3人の医療従事者が参加。今回のプロジェクトの準備を重ねてきた世界の医療団ラオス事務所のシポン医師をはじめとする現地スタッフらとともに病院に入りました。(江口医師、橋本医師、山脇看護師、シポン医師のメッセージはこちら)
シェンクワン県立病院は、ラオス北部に位置する200床を備える最大の病院で、1年前に新しく立て替えられました。とはいえ、日本の医療水準に比べると、設備や医療従事者のスキルはまだ十分ではありません。今回のミッションでは、手術を数多く行うのではなく、できるだけ現地にある施設・器具を使い、現地の医療従事者に日本の医療技術や知識を習得してもらうことを主眼に置きました。日本の医師らが現地を離れたあとも、現地の医療従事者によって質の高い医療を提供できるようにするためです。
初日は県病院の医師らとミーティングのあと、病院内の施設見学を行い、午後からは患者のスクリーニングによって、今回手術を実施する対象者を選定していきました。やけどによって手がくっついて開かなくなった人、腕を上げることができない人、顔や首にケロイドがある人、クラスター爆弾の爆発により背中に傷のある人など、事前に声かけして集まった16人の中から8人を選定。いずれも日常生活に困難を抱えており、今のタイミングで手術を行う効果が大きいと判断した人を選び、8日と9日の手術日に振り分けていきました。
ところが、変更になったばかりの保険制度について病院から患者に説明が十分ではなく、入院費など金銭的な負担や農作業など仕事を理由に4人が辞退するということに。この地域はモン族の人びとも多く、ラオス語とモン語が違うことも意思疎通がうまくいかない一因になっているようです。手術は8日に2件、9日に2件実施することになりましたが、予定時間になっても手術の準備が整わずに何時間も待つといった日本では起こりえない事態も発生。フレキシブルに対応することが求められました。
県病院からは二人、働き盛りの40代のカンフー医師とドンクサイ医師が参加しました。二人は「ここでは形成外科の手術の技術を学ぶ機会がないので、今回ぜひ習得したい」と、強い意欲を持ち手術に臨みました。江口医師は、全部自身でやってしまうのではなく、彼らが手を動かし患者を治療できるよう指導。事前の麻酔をかける場面では橋本医師が、現地の麻酔科医たちにより適切なやり方を伝えました。山脇看護師は事前に手術用品の消毒滅菌作業を行い、現地の看護師らとともに手術をサポートしました。手術の過程では、麻酔薬の計量の仕方や麻酔科医師の立ち合い、薬剤の保管方法、必要道具の欠品、室内温度の管理などさまざまな課題が見つかる一方で、「現地の医師からいい質問が出て、学ぼうとする熱意が感じられた」という感想も寄せられ、手術は無事成功しました。手術翌日の回診でも問題なく、この後リハビリテーションによってやけどで癒着した指の曲げ伸ばしや腕の運動機能の回復などをめざします。
県病院長からは「自分たちが知らなかった知識や技術の学びがあったと聞いている」と感謝の言葉をもらいました。医療技術の移転は今回1回だけのミッションでは十分とはいえず、今後継続した経過観察と繰り返しの手術の実施が必要です。今回手術の件数自体は数をこなしてきたこれまでのミッションと比べて少ないものでしたが、医療が現地に根づくための大きな一歩となりました。
二人の現地医師のコメント
カンフー医師 もっと勉強をしたいと思っていましたが、なかなかその機会がありませんでした。今回こういう形で学ぶ機会ができ、日本の医師からたくさんのことを吸収できました。今後はもっともっと学んでこの地域の医療の発展のために尽くしたいと思います。 |
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ドンクサイ医師 今回のミッションで多くのことを学ぶことができ、日本のみなさまによってこの病院の発展に寄与していただくことができました。今回の課題として、関係者間のコミュニケーションがうまくいっていなかったので、次回は改善してスムーズな運営を心がけたいです。 |
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患者の家族のコメント
手がやけどで開かなくなったボビーくん(4歳)のお母さんのコメント 息子のボビーは私が料理しているのを知らず、かまどの上に転んで左手をやけどしました。一週間入院したあと自宅で療養していましたが、息子の手はくっついてしまって自由に動かすことができませんでした。今回、ヘルスセンターのスタッフから「先生が来たから手術でお子さんを治してくれるよ」と言われ、息子を病院に連れてきました。手術室から出てきたとき、息子は「痛くて何もできない」と泣きました。私も心配で泣いてしまいました。息子は手が痛むのか、一晩中泣いて眠れませんでした。「あれも食べたい、これも食べたい」と言いましたが何も食べられません。「回復するのに時間がかかるよ」といってミルクを飲ませると泣き止みました。翌日になって痛みが落ち着いたのか「新しい手になった!友達と一緒の普通の手になった」と、とても喜びました。 |
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2年前の火事で広範囲にわたるやけどで腕が上がらなくなったチャンサモンさん(50歳)の娘さんのコメント これまで母の腕がちゃんと動かないために母がとても苦労し、また動揺しているのを見てきました。私達は手術を受けることができて、とても幸せに感じています。これで母は今までよりよい人生を送ることができると思います。何でも快適に行うことができるでしょう。母は手術前、手術後に腕がどうなるか心配していました。私は手術が受けられたことにとても興奮しています。 ※手術翌日に「腕が動くようになったら家事がしたい」と言っていたチャンサモンさん。その後病院から送られてきたビデオではチャンサモンさんの腕が以前のように自由に動くようになっているのが確認できました。 また、チャンサモンさんは下記のシポン医師のメッセージの中に出てくる女性です。 |
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