スマイル作戦は、先天的疾患や事故・暴力などが原因で、顔面や身体の機能に障害を負った人々に形成外科手術を行い、社会生活を取り戻そうという医療支援プロジェクトです。新型コロナウイルス感染症の拡大によりしばらく中断していましたが、ラオスで再開することになりました。
再開にあたってラオスで中心となって準備を進めてきたシポン医師から、メッセージが届きました。
世界の医療団 ラオス事務所
医師・メディカルコーディネーター
シポン・シタボングサイ
調査で出会った人々
現在、私たちはェンクワン県の村々を訪問し、 外科形成手術が必要な患者をスクリーニングしています。これまでの経験から、特に貧困層や医療施設から遠く離れた場所に住んでいる少数民族は、手術を受けられなかっただろうということは想像していましたが、それでも私は驚きました。外見上の損傷を負った村人たちのうち、事故直後に病院に行かなかった、あるいはその後病院に行っても治療を受けようとしなかった村人が多かったからです。この数は、基礎医療だけでなく、二次や三次の医療サービスへのアクセスが欠如していることを物語っていると思います。
これまで訪問した村々では、交通事故、農作業中の事故、家の火事などによる腕や脚の傷や変形が目立ちました。生まれつき外観が損なわれている人も何人かいました。潜在的な患者の大半は30代から40代でした。初めて村を訪問した際は、仕事、子育て、家事への影響を心配する女性の受診が多かったのです。その後、男性たちが少し恥ずかしがりながら、手術についてよくわからず、傷や変形と「つきあって」いかなければならない辛さを抱えながらやってきました。
私が最初に訪れた村の一つに、交通事故で顔、腕、足を含む身体の半分以上にやけどの跡があった若い女性がいました。彼女の話で一番驚いたのは、やけどをしたとき、母親が病院に行く代わりに伝統的な処置をするように言ったことです。20日たち、痛みが耐え難くなり、やけどの跡が悪化したため、彼女はようやく病院に行くことができました。私たちが彼女を訪ねたとき、彼女は傷跡のために私たちと会うのをためらっていました。彼女の家族は、彼女は活動的でなく、あまり外出しないと言いました。適切な医療サービスを受けることなくやけどのひどい痛みを我慢し、その後、傷跡とつきあわなければならなかった彼女がどのように過ごしていたのかわかりません。彼女が事故後すぐに治療を受けることができ、その後に形成外科手術を受けることができたなら、彼女のように若ければ、人生により明るい展望を持つことができるようになるでしょう。
別の村では、家が全焼したとき、母親が腕、足、背中にやけどを負いました。そして夫が亡くなりました。彼女は「子どもたちは全員生きているのだから幸運だ」と言いました。事故でやけどを負ったとき、近くの病院に行くことができましたが、そのような症状に対応できる技術や設備が不足していたため、遠く首都ビエンチャンの病院まで行かなければなりませんでした。初期手当を受けたにもかかわらず、大きな傷跡が残り、腕と手の関節を動かすことができません。地域の人々と子どもたちの助けにより、彼女は家を建て直し、生活の一部を再建することができました。この活動を通じて、形成外科手術を行い、彼女の腕と手がいくらか動くようになれば、私たちも彼女の生活再建に貢献できます。
スマイル作戦に期待すること
ラオスでのプロジェクト立ち上げについて議論を始めた当初、私は少し躊躇していました。なぜなら、外国人医療従事者に頼っている医療介入の多くは、彼らが国を離れるとともにゼロになるからです。しかし、このプロジェクトは、日本人外科医とラオス人外科医の協力、そして日本人外科医からラオス人外科医への長期にわたる医療知識と技術の移転に重点を置いています。そのためプロジェクトが終了した後でも、ラオスの外科医は日本人外科医によって教えられた医療介入を継続できると信じています。ここラオス北部の何千人もの現在の患者と潜在的な患者にとって、日本人外科医がラオスにいるときのみ一時的に形成外科手術を受けることができるだけでなく、最終的に将来いつでもラオス人外科医による手術を受けることができるようになるのです。
また、個人的に、シェンクワン県出身者として、シェンクワン病院がラオス北部の人々に対して形成外科手術を行う可能性があることに興奮しています。患者をはるばる首都ビエンチャンに送らなければならない、あるいはこの種の手術を受けることをあきらめなければならないという障壁がなくなり、より多くの人々がここで医療サービスを受けられるようになることを願っています。