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2020年振り返りメッセージ:ロヒンギャ難民コミュニティ支援プロジェクト

世界中が感染症の影響を受け、人々の移動さえも制限された2020年。世界の医療団もこのCOVID-19(新型コロナウイルス)の影響を大きく受け、人道医療支援団体として公衆衛生もコミュニティ医療も社会もすべてつながっていることを実感し、改めて感染症の脅威を問い直す年にもなりました。社会的に、経済的に弱い立場にある人が増え、元からあった要因が更に深刻になる、その中でどうその影響を少なく出来るのか、どう健康への権利を確保できるのか、世界の医療団日本4つの活動から、各プロジェクトのコーディネーターの報告をお届けします。初回はロヒンギャ難民コミュニティ支援プロジェクト・コーディネーターの中嶋秀昭より、現地で活動できないジレンマに挟まれながらの活動内容とロヒンギャの人々が置かれている状況についての報告です。

今年の8月25日にロヒンギャ難民の人々は隣国バングラデシュに逃れてから4年目の日を迎えました。生活は落ち着きましたが、ミャンマーへの帰還の見通しはなく、遠くに見える故郷を見やりながら、希望がもてない日々が続いています。昨年のこの日には約20万人が集まり、ミャンマー国軍による虐殺・人権侵害、ミャンマー政府が帰還条件を整えないことなどに対する抗議を行いましたが、今年はコロナ禍もあり、人々は家に留まって「無言の抗議」を行いました1

世界の医療団は難民キャンプで新型コロナウィルスについての啓発活動を行っています。このウィルスに対して重症化しやすい高齢者、障害を抱えた人々を重点対象として、ウィルスやこれが引き起こす症状、検査・診療に関する啓発を家庭訪問、メガホンを通じたメッセージの拡散、人々が信仰するイスラム教の礼拝所での聖職者によるメッセージ伝達を通して行っています。また、コミュニティの人々がボランティアとして高齢者や障害を抱えた人々の健康状態を見守り、疑わしい症状が見られた場合には検査・診療に繋げることも支援しています。


人口が約1億6千万人のバングラデシュのコロナ累計感染者数は47万人以上です。かたや、90万人近くが住む難民キャンプでは360人程度となっています。今年3月時点では最悪な場合、50万人以上が感染するとの試算もありましたが2、安堵できる現実となっています。ただ、実際には人口の大半を占める若年層の感染者が多い半面、死者(累計10人)の多くを高齢者が占めています。解明が進んできているとはいえ、やはり未知のウィルスですので、引き続き留意が必要です。

ただ、上記の昨年8月25日の抗議集会以来、キャンプではインターネットが遮断され、人々がコロナに関する知識も得られず、また、ミャンマーでの経験もあってか、医療保健サービスへの不信感が強く、特に家族と離れる隔離治療を恐れて症状を隠すことなどにより、多くの人々がコロナの存在を信じなかったり、人々のコロナ感染の実態の把握が困難となったりしています3。私達は同じ難民のボランティアを通じて正しい知識を伝え、人々の健康状態を把握して、支援を強化しています。

並行して、難民を受け入れているキャンプ周辺のコミュニティに対しても支援を行っています。ボランティアが家庭や商店、礼拝所を訪問して上記と同様の啓発を実施し、人々の一次診療を行う診療所を対象にして、感染が疑われる例への対応や院内感染防止を強化するための研修、資機材提供、改善点観察・確認、関係職員との協議などを行っています。

現在、コロナ以外にもロヒンギャ難民を取り巻く大きな懸念がいくつかあります。難民キャンプ内でも麻薬取引が横行しており、10月上旬には麻薬取引の利権を巡ってギャングどうしの抗争が激化し、一般人を含む8人が犠牲となり、数千人がキャンプ内の別の場所に避難しました。このような規模の紛争は初めてで、私達も2週間の活動停止を余儀なくされました。難民にとっては祖国で受けた悲惨な暴力の再来のような出来事で、多くの人々に深いトラウマを残したと懸念されます。

また、就業が認められず、教育を受ける機会に乏しい難民達は、これらの機会や「よい嫁ぎ先」を約束されて、人身売買業者の手配でマレーシアなどの国に渡航を試みることもあります。数百人が粗末な船でぎゅうぎゅう詰めにされ、インド洋を漂い、水・食糧不足や暑さなどにより途上で亡くなる人が出ても、渡航を目指した先の政府には入国を認められず、バングラデシュに追い返されるといったことが起こっています。今年5月にマレーシアへの入国を果たせなかった306人の人々がコロナの検疫を理由に、60キロメートル沖合にほんの20数年前に形成された砂礫でできた島で、バングラデシュ政府が10万人の難民の移送を計画してインフラを整備したバサンチャールに送られました。ここでの貧弱な生活環境、移動制限、女性への性的暴力などが報告されています4

バングラデシュ政府は麻薬取引や人身売買などを理由に「ロヒンギャの存在は安全保障上のリスクである」と言い5、バングラデシュのみが大多数の難民の保護のコストを負担していることや彼らのミャンマーへの帰還がなかなか実現しないことに苛立ち、キャンプが丘陵地にあるため地滑りなどの災害に脆弱であるとして、人々のバサンチャールへの移送を進めるとし、12月4日に第一陣として1,642人を移送しました。政府は移住を希望した人々のみを対象としたと主張しますが、移送されるまでそれについて知らされていなかった人々、意に反して、また、十分な情報を与えられずに移送された人々も含まれるとの報道もあります6。そもそも、バサンチャールの地盤は弱く、ここもサイクロンなどの通り道に位置し、高潮などの災害にさらされやすいとの懸念があります。また、移送された人々の生計向上(政府は彼らが農業・漁業・畜産業を始められると言いますが、適切な資金・研修の提供、市場へのアクセスなどがなければ困難です)や保健・教育などのサービスの提供の充実度、移動の自由の欠如などが問題です。政府とともにロヒンギャへの支援に取り組んできた国連がバサンチャールの環境などの調査の実施を要請してきたにもかかわらず、これが認められないうちに移送が実現しました。政府の多数の難民の受け入れ、保護は称賛されるべきものですが、ここに来てパートナーである国際社会との連携に消極的になっているのは残念なことです。

他方、政府はキャンプ周辺の鉄条網整備や監視カメラ設置を進めています。全般的にロヒンギャに対する「封じ込めと隔離」政策を推進していると言えるでしょう。そして、故郷のミャンマーではアウンサンスーチー氏が率いる政党が大勝した11月8日の総選挙においてロヒンギャ問題はまったく争点にならず、ロヒンギャには投票の権利が与えられず、彼らの故郷のラカイン州では政府軍と反政府勢力との戦闘が続き、人々は一定地域に押し込められ、とても帰還条件が整っているとは言えません。

ロヒンギャの人々にとっては先が見えない不安な日々が続きます。そのような現状ですが、私達はささやかなりとも、人々が希望を捨てずに心身の健康をもつ権利を認識し、健康を維持・推進していくための支援を継続します。今後も変わらぬ温かいご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

世界の医療団ロヒンギャ難民コミュニティ支援プロジェクト・コーディネーター 
中嶋 秀昭



1 ロヒンギャ虐殺から3年、今年はコロナの影響で「無言の抗議」 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News
2 COVID-19__Rohinya_Refugees__Beyond_-_Summary_FINAL_March_25_2020.pdf (hopkinshumanitarianhealth.org)
3 covid-19_explained_-_edition_7_the_stories_being_told.pdf (acaps.org)
4 ASA1328842020ENGLISH.PDF (amnesty.org)(p.12-13)
5 Momen: Rohingya repatriation talks after full formation of Myanmar govt | Dhaka Tribune
6 Bangladesh moves hundreds of Rohingya refugees to remote island – CNN

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