2019年8月25日、ロヒンギャの人々のキャンプ生活も3年目を迎える。
多くの支援機関が介入しているが、それでもキャンプでの生活は苛酷だ。
自然災害との戦い、衛生環境もよくない。医療も食料も十分でない。
教育が受けられない子どもたち。キャンプから外へと出ることは許されていない。
そして過去に受けた迫害や目にした暴力は、彼らのこころに今も残る。
それでも彼らは言う。ミャンマーへ帰りたい、自分たちの生まれ育った土地で普通に暮らしたい。バングラデシュと支援団体には感謝している。
でも何より切望するのは、ミャンマーへの帰還、安全と市民権が保障された帰還後の人生を実現するための支援であると。
バングラデシュの人たちが複雑な思いを抱えているのも事実だ。国際機関の介入でお金が動くのに、自分たちの生活は良くならない。コックスバザールの土地は高騰し、自然が壊され、治安も悪化していく。
困っている人を助けるし、助けたい。けれど、いつまでこれが続くのか。
自分たちも貧しい、できれば早く帰ってほしい、そう思っている人が少なくない。
これまでミャンマー、バングラデシュの両政府主導のもと2度の帰還計画が実施されたが、いずれも実現はならなかった。帰還を希望する人がいなかったのだ。
ミャンマーでは、今も10万人以上のロヒンギャとイスラム教徒がラカイン州の限られた地域に隔離されている。そこには国際機関も支援団体も入ることができない。そこに住む人たちは、今も昔も外の世界に触れることができないのだ。
人間として有するはずの権利、宗教、教育、医療、移動、そのいずれもが制限されているままの土地に果たして帰ることができるだろうか。何を信じることができるだろうか。
キャンプでの暮らしも変化する。
どこにいても子どもたちは成長する。両親は学校へ行かせてあげたいと願い、将来を不安に思う。仕事をしたいと考える。役割を失った人々は喪失感を抱えやすい。
人々は、世界中から集まったエイドワーカーや文化に触れる機会が増えた。外の世界を知り、そして自分たちの未来をまた考える。
キャンプにいるロヒンギャの人々の多くが、バングラデシュで3年目の夏を迎える。
彼らが願うことは、自分たちが選択した場所で、人間として普通に暮らしたい、ただそれだけだ。