科学や技術の進歩は、私たちの暮らしや社会に大きな便益と変革をもたらしました。
一方で、社会から、医療から、教育から、当たり前の何かから置き去りにされる人たちがいます。
まるで技術の進歩と背中合わせになるように、当たり前のなにかを持つ人たちとの間に格差が広がっていきます。
そして、時は経っても、世界のあちこちで、紛争や内戦などの暴力が絶えません。
天災や人災が続き、心身ともに傷を負った人々がいます。
置き去りにされている人たちの状況を変える、心身の傷を癒すこと、そのどちらも、今すぐ可能にできることではありません。
今すぐ変えることはできない状況ではあるけれど、私たち医療団のメンバー、一市民であり、一医療者である彼らに「あきらめる」選択肢はありません。
福島でのこころのケア、誰もが経験したことのない苦しみを抱える被災者に寄り添い続けた7年半。通い続け、そして話した時間。
雨の日も、雪の日も、暑い日も、池袋の街を夜回りし、医療相談会を続ける、話を聞く、その人の地域社会を一緒に考える。
助かるはずの命を助けたい、長い長い時間がかかるけれど、ラオスの人々とともに小児医療システムを創る。
何度行っても、手術を待つ患者さんが途切れることがない。たとえ命に関わらない病であっても、手術でその子の社会生活が変えられるかもしれない、そのために行き続ける。
ロヒンギャ難民の歴史と複雑な背景。私たちにできることを、未来につながることを、ロヒンギャの人々とともに考え、行動を起こす。
私たちの掲げる医療とは、Careであり、Soin、治療し、看護し、配慮し、気にかけること。
今日も世界のどこかで、あきらめの悪いボランティアが、パートナー、市民のみなさんと活動に取り組んでいます。
7月23日より東京新聞紙面、その他で、広報キャンペーンを展開しています。
キャンペーンでは、私たちのあきらめの悪いストーリーをご紹介していきます。
7月23日の紙面は「ロヒンギャ難民の今」、ロヒンギャ青年たちの証言とともに、木田晶子看護師のあきらめないストーリーがご覧になれます。
協力:ADKインターナショナル
プロジェクト・コーディネーター
エリック・ヴィノンツMdMフランス
ハームリダクション・アドバイザー
エルンスト・ウィッセMdMフランス
緊急医療支援チーム
ダビッド・アヌキャン
世界の活動現場から③
性暴力と闘う -ムクウェゲ医師とコンゴの女性たちとともに
世界の医療団ベルギー プロジェクト・コーディネーター エリック・ヴィノンツ
パンジ病院の仲間とエリックさん(中央後方の眼鏡と青いシャツの男性)
10月初旬、ナディア・ムラド氏とデニ・ムクウェゲ氏にノーベル平和賞が授与されるとの発表がありました。受賞者の一人ムクウェゲ医師が設立した病院がコンゴ民主共和国(以下DRC)東部南キヴ州ブカブにあります。ここでは、鉱物資源を巡る紛争が長く続いています。性器を破壊するような残虐な性暴力やレイプが紛争の武器として意図的に使われる現実を目の当たりにしたムクウェゲ医師は1999年、パンジ病院を設立。5万人を超える性暴力のサバイバーの治療にあたり、生活再建を支え、暗殺の脅威に晒されながらも国内外でDRCの紛争と性暴力根絶を訴えるアドボカシー活動を続けています。
世界の医療団ベルギーは、2015年よりパンジ病院を支援しています。身体的治療はもとより、医療、心理社会的ケア、法的扶助、社会復帰支援を含む包括的な「ホリスティックケア」を性暴力のサバイバーとなった人々に提供しています。私たち世界の医療団とムクウェゲ医師が描くのは、性暴力の被害者が安心して治療を受けられる場所、一人一人がサバイバー、被害者として認識される場所。設立から20年、今、コンゴの女性たち、性暴力のサバイバーたちが立ち上がっています。
「彼女たちは声を上げ、法廷に立ち、加害者の罪を問うているのです」
ムクウェゲ医師がもたらした変化と流れをサポートしていくことが、私たちの使命のひとつです。
「性暴力の被害にあったすべての方に伝えたい。今、世界があなたの声に耳を傾け、無関心であり続けることを拒否している、受賞はその証なのだと」
世界の活動現場から②
健康と人権に基づくハームリダクション
世界の医療団 ハームリダクション・アドバイザー エルンスト・ウィッセ
ピアスタッフ(右)とともに活動するウィッセさん(左)
ハームリダクションは、ある人の健康に害を及ぼす習慣や危険な行為を止めさせることに主体をおかず、その行為で生じる「危険・害を減らしていくこと」を目的とする考え方。MdMのハームリダクション・プログラムは、薬物使用者、MSM(男性同性間性的接触経験者)、セックスワーカーなど、対象となる人々の健康を守り、改善し、彼らの医療アクセスを阻む法的、社会的、普遍的な障壁や偏見を取り除くことを目的としています。
プログラム対象者(薬物使用者、セックスワーカーなど)とそのパートナーの40〜50%がHIV感染、注射薬物使用者のうち13%がHIV感染、67%がC型肝炎に感染、HIV治療と予防に対し、世界60%以上の国が妨げとなる法律や政策を設けているのが現実です(WHO)。世界の医療団は1989年にフランスで注射針交換プロジェクトを立ち上げ、これまで世界各地で革新的なプログラムを実施。注射針を交換し、避妊具を配布し、情報共有することでコミュニティ全体に働きかけます。当事者や、かつて当事者であったピアスタッフの存在は、活動に欠かせません。当事者の抱える事情や背景を理解し、そのリアルを私たちに教えてくれます。
薬物を使う、性を売る、同性愛者やトランスジェンダーである人たちが、社会から排除されることがあれば、私たちは戦います。彼らもみな同じ権利を持っているのです。
ほとんどの場合、脆弱性は社会の側にあります。偏見や差別が人々をより困難な状況に追いやることを理解してほしいのです。
世界の活動現場から①
イエメン:忘れられた人道危機
世界の医療団 フランス緊急医療支援チーム ダビッド・アヌキャン
2015年3月のサウジアラビア主導連合軍による軍事介入から3年半、中東のイエメンでは、世界最悪とも呼ばれる人道危機に今も直面しています。
主要港は連合軍により封鎖され、食料や医薬品などの物資は後を絶ち、人々は栄養不良にかかっています。医療施設は爆撃され、ほとんどの医療施設は機能していません。医療に関するあらゆるものが不足する中、食料不足、水不足、劣悪な衛生環境が人々の健康に悪影響を及ぼしています。国内各地でコレラ感染も報告されています。
状況は緊迫しています。物資が届かない、そういう状況ですから必需品がない、食料不足も深刻です。さらに信じがたいことに、今年8月にはスクールバスが空爆され、数十人の子どもが犠牲になりました。インフラや医療者、医療施設への意図的な攻撃も続いています。市民への暴力は明らかに国際人道法を侵害する行為、私たちは紛争当事者、国際社会に向け、人道法の尊守、人道スタッフの保護を訴え続けています。
現在、MdM はイエメン北部にて医療支援活動を展開、来月には南部でも活動を開始します。ひとつよい報告があります。先日、皆様のご支援によって、現地へと医療機器や医薬品を発送することが出来ました。12月には、現地医療に役立ててもらうことができるはずです。
イエメンでは市民と医療の保護が最優先です。悲劇は終わっていません。今、起きている人道危機を忘れないでください。
森川 すいめい臨床心理士
横内 弥生形成外科医
森岡 大地
家を失い街にすむ人たちの心に寄り添う
東京・池袋
世界の医療団 精神科医 森川 すいめい
「2001年の大晦日、私は路上生活者の支援を始めました。貧困、借金、失業、災害、暴力、人間関係、障害、高齢、依存症・・・、人が『ホーム』を失う原因には限りがありません。
『ホームレス状態』とは、『家がない状態』を指すだけの言葉ではなく『安心してすごせる場所を失った状態』。
『ホーム』を失った人たちに『ホーム』作りを始めてから17年、仲間が増え、緩やかに集える空間ができ、『ホーム』を失った人も仲間に加わってくれました。
そして数年前に出会った『ハウジングファースト』、どこでどう生きていきたいかを本人が決め、その意思決定は誰かに奪われることがない、自分らしく自分のペースで生きていくことを自分で決めることができる仕組み。
そんな当たり前のことがとても難しくなった社会の中で、1人でも多くの人の『ホーム』を作りつづけていくことを、私はあきらめません。」
震災と原発事故の地で、折れない心で生きる人々の思いをじっと聴く
福島・そうそう地区
世界の医療団 臨床心理士 横内 弥生
「7年半前、東北地方を襲った誰もが経験したことのない複合型災害。家、仕事、コミュニティ、愛する人々を亡くした人々に、長期化する避難生活、家族との別れ、原発事故ゆえに刻まれた偏見などが追い打ちをかけていく…。この地で、こころのケアを必要とする人のために活動を続ける人々がいます。その人々とともに、被災者の目に見えない苦しみと向き合いながら、話を聴き、こころに寄り添っていく。その繰り返しの時間。聴くその間にも、避難指示解除が出され、人々は移動を余儀なくされる。また違う生活の中で、話したいことを聴く、みんなが集まる場をつくりだす。時に折れそうになりながらも、前を向いて生きているその地の人々の笑顔とつながりを感じるから、私は聴くことをあきらめません。」
偏見に晒される傷や疾患を負った子どもたちに、笑顔を取り戻す
ミャンマー
世界の医療団 形成外科医 森岡 大地
「ミャンマー、カンボジアなどの開発途上国と呼ばれる地域では、命にかかわらない疾患の治療は後回しにされやすいんです。口唇口蓋裂などの先天性の形成異常、火傷によるひきつれなどは、近くに専門医がいないことが主な理由で手術を受けることができない人がたくさんいます。手術によって、学校でいじめられなくなった、給料格差がなくなった、結婚できたなど、社会生活が大きく変わったという話を聞きます。手術すれば、疾患だけでなく、その先の社会生活も変えてあげられるかもしれない。だから私は行くんです。15年間ほぼ毎年、手術をしに開発途上国に行っています。でも、まだ多くの人が手術を待っています。すべての人が本来の笑顔を取り戻すまで、そして現地の人材が育つまで。私はあきらめません」